高井戸という地名の由来、いわれ

高井戸の古い時代をたどると、昭和初期、井の頭線開設工事に際し、富士見ヶ丘駅東側の台地から縄文式土器が発見され、内藤庄右衛門氏邸南側にも同じ年代のものと鑑定される横穴式倉庫があった。また昭和51年、杉並清掃工場建設に先駆けて行われた調査でも多くの遺跡が発見され、高井戸東遺跡とすぃて考古学上貴重な資料となっている。区立塚山公園内からも縄文中期の遺跡や集落が発見され、これらのことから、井の頭を水源とする神田川に沿った当地には、古くから先人達が住んでいたことは明らか。

高井戸という地名の由来、いわれ

戦国期以前の記録は見当たらないが、戦国時代は小田原の北条氏に掌握され、北条の家臣大橋氏の所領として「高井堂」と役帳に記され、文明18年、「廻国雑記」には「堀兼の井、見にまかりてよめる今は高井戸という」と記され「堀兼の井」(高井戸)より起こったといわれている。「高井戸」という地名の起こりが戦国時代であったことは事実のよう。

また、年代は明らかではないが、下高井戸4丁目の宗源寺に不動尊像が安置され、「高いお堂のお不動様と呼ばれ、のちに高井堂と省略され、やがて高井戸村の地名の元のもとになった」といわれている。

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