荻窪

由緒正しい杉並イチのターミナル駅

荻窪

休日も快速が停まる唯一の駅荻窪

個性的な街のそろう杉並区だが、その中で荻窪は、なかなかひとことではいい表せない「没個性的」な街である。

荻窪駅は、巨大な駅ビルもあり、HPの巨大な事業所ビルがあり、青梅街道沿いには各都銀、証券、信託銀行などの地域拠点がある。大手進学塾の校舎もたくさんあり、杉並区内の受験生の多くは、学校が終わると、この荻窪に集まってくる。このように、荻窪は杉並区内でも非常に栄えた町に見える、基本的な住宅地帯である杉並区の中では、唯一商業地域としての性格を強く持つ街なのである。

このことは、JRの運行状況にも表れている。杉並区内の中央線4駅のうち、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の3駅は、土日祝日は快速列車が停車しない。唯一荻窪のみ、365日快速列車が停車する。また、中央線通勤快速は、常時荻窪以外の駅では停車しない。これは、荻窪駅を始発とする東京メトロ丸の内線があるので、このような運航状況になっているのであろう。また、バス網も高度に発展しており、荻窪を起点として区内各所をバス路線がカバーしている。このように、荻窪駅は杉並区唯一のターミナル駅なのである。

ただ、ターミナルといっても、近隣の吉祥寺などと比べると、一歩も二歩も劣っているイメージしかない。新宿は別にしても、「JRプラス1路線」という似たような状況の吉祥寺と比べ、なんとも地味。一応は何でもそろっているけど、実は何もない街なのだ。

杉並区らしくない荻窪の街並み

電車以外にも、荻窪を杉並区内のほかの街と決定的に変化させているのが青梅街道と環状八号線(環八)の存在だ。荻窪駅と青梅街道は、ほんの20~30メートル程度しか離れておらず、北口方面の街は、青梅街道を中心に出来ている。高円寺も環状七号線と隣接しているが、ここまで近くはない。これにより、他の駅のように駅周辺を商店街が固め、その周辺に住宅があるという構造とならず、狭い中心地にビルが立ち並び、巨大な道路を渡るといきなり住宅街となる構造になっている。このため、総合的な街の規模に対し、見た目上の規模は非常に小さいのが荻窪の特徴となっているのだ。

巨大な道路、とくに環八のおかげで、本来の「閑静な住宅地」と言うイメージも崩れてしまった。過去には、戦前3回総理大臣をつとめた近衛文麿が別宅(といってもほとんどここに住んでいた)を構えたりした、緑豊かで見晴らしのいい荻窪ではなくなってしまったのだ。

つまり、「荻窪の街並み」とは、青梅街道と環八という巨大な道路なのである。どうしても、無機質な感じをもたれやすいのである。

ただし、今までの話は青梅街道に繋がる北口の場合。南口は打って変わっていかにも杉並らしい平面的な商店街だ。ただし、近代的なスーパー、デパートが北口にあるため、南側住民にとっても買い物の中心は北口になる。このため、南口の商店街はあまり広い範囲まで広がってはいない。

これは青梅街道北側の商店街も同じで、歴史の古い教会通り近辺の商店街もあるにはあるのだが、その規模は非常に小さい。

この「小ささ」を完全に固定しているのが、杉並区内のJR線で、唯一高架化されていない駅にある。高架化されていないために、南部と北部の行き来は、高架化されている駅と比べれば当然少なくなる。これにより、中間地点にある駅ビルが完全に中心地点となり、買い物客はここに集合。よりいっそう、南北の商店街を限定的に、狭くしてしまっている。

もともとは、どの駅も地上駅であったし、早くから都市からの移住者がいた荻窪は、現在につながる「杉並らしさ」を作り上げた街である。最もすぎなみくらしい街であったはずだ。だが、今は他の駅にない発達した巨大施設の存在や、反対に唯一残された地上駅と言う行進性のため、「現在の杉並らしさ」を選ぶことなく、逆の意味で特殊な街となっているのである。

しかし、こうした街並みを作りだしたのは、道路であったり線路であったりというインフラ事情だが、それを完成させたのは荻窪に住む人々である。では、荻窪に住んでいるのは、いかなる人々なのだろうか。

荻窪に住んでいる人ってどんな人

これまで見てきた高円寺や阿佐ヶ谷には、ミュージシャン志望者であったり演劇関係者であったりと、個性的な人種層が存在した。彼らは全体からみれば決して数の多い存在ではないが街のイメージや雰囲気に大きく影響していた。

対して荻窪は、このような特筆すべき個性的な層があまり思い浮かばない。交通網が発達しているため、多くの人が荻窪に集まるのがその原因だろうが、それにしても行きすぎだ。同じような条件の街でも、中野や吉祥寺には、かなり個性的な人種が集まるし、世界最大級のターミナル駅新宿ですら、かなりの個性がある。この没個性っぷりは、逆の意味で特筆すべきものだと言えるのではないだろうか。

この没個性っぷりは、荻窪で目撃される有名人の数でもはかることができる。高円寺や阿佐ヶ谷は宿命的に、音楽、芸能関係者が見られるうえ、居住しているのが確認されている人、もしくは住んでいると目されている人も多い。西荻窪では、阿佐ヶ谷からランクアップした役者やら、文化人やらが見られる。高級住宅街となっている井の頭線沿線には芸能人や文化人がたくさん住んでいると多彩だ。

だが、過去を振り返れば荻窪在住の著名人は多い。前出の近衛文麿を始め有名政治家。「荻窪風土記」なんて本を書いてしまった井伏鱒二をはじめ多数の文化人や10年、20年を振り返れば多くのタレントが住んでいたはずだ。

今、こうした人々が荻窪を離れている。文化人系は西荻窪、タレントは井の頭線など、実際に引っ越したのが確認されている人間もいるのだ。これはいかなる原因なのだろうか。

著名人も、なんだかんだいってやっぱり普通の人ではない。特殊な人だ。周囲の駅は、特殊だ特殊だといわれ、実際特殊さのシンボルたる著名人がたちよったり住んでいたりする。ということは、荻窪と言う街がそうした特殊さを受け入れない、育たないのは、荻窪を構成する一般人の空気なのだろう。その空気を生む原因とは、はたして何なのだろうか。

参考:日本の特別地域特別編集 東京都杉並区

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