東京メトロ丸の内線

杉並の大動脈青梅街道をカバーする住宅地帯

本来の中心部は丸の内線沿線だ

荻窪を始発駅とし、東京駅を回り池袋に至る東京メトロ丸の内線は、大量に走る東京の地下鉄線の中で2番目に開通した路線だ。杉並区内においては青梅街道の下を走り、そのまま中野坂上、新宿へと抜ける。2駅目の南阿佐ヶ谷駅は区役所へ直接つながる出口があり、中杉通り・パールセンターで阿佐ヶ谷駅にまでつながる。距離は徒歩で10分程度。続く新高円寺駅も高円寺ルック商店街、高円寺バル商店街で高円寺駅まで直結。こちらは15分程度の行程。

このように、丸の内線沿線駅は、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺という中央線4駅と直接、間接的につながっており、このことが、中央線と青梅街道にはさまれる広い地域を超巨大商店街・住宅並立地域としているのである。

環七を渡ってすぐの新高円寺にいたると、雰囲気は急に変わり、こちらは純粋な住宅街としてのにおいが濃くなる。隣の新中野駅には江戸時代から続く鍋屋横丁商店街があり、中野の影響が濃くなってくる。

丸の内線のルートには、地下鉄が完成した1962年までは都電杉並線が走っており、1920年代にはすでに荻窪と新宿をつないでいた。中央線はすでに1890年代に荻窪駅を開通させており、荻窪、高円寺、東高円寺を結ぶ三角地帯は大正のころにすでに出来上がっていたのである。丸の内線開業直後の1963年、都電杉並線は競合を理由に廃線した。

中央線駅周辺の住宅街地域

前述の通り、杉並区内の丸の内線沿線は、中央線の駅とかなり近い関係にあり、連携しているともいえる。このおかげで、阿佐ヶ谷、高円寺の商店街はやたらと長大になったわけだが、その副産物として、中央線・丸の内線三角地帯は商業色、繁華街色の強い土地になっている。これに対する丸ノ内線の位置づけは、商業(混在)地域と完全住宅地域の境界線といった感じ。商業地域に隣接、もしくは囲まれた場所は土地イメージとしてはあまり高くならないケースが多いため、阿佐ヶ谷、高円寺エリアにおける中級以上の住宅は、丸の内線沿線(青梅街道)を超えた南部に多くなる、これまで延々と続いてきた商店街が、青梅街道を境にピタッと終わり、その先は寺社の多い静かな住宅街へと変貌する。街道の近くと言うことで、この近辺には比較的階数の多いマンションの建設も可能なので、家賃の高いマンションはこのあたりで急に多くなり、中央線エリアに比べ景観は相当違うのである。

怪しい人は近寄れない

阿佐ヶ谷、高円寺と連結していながらもまったく雰囲気の違う丸の内線エリアなので、そこに住む人種も、ある程度変わってくる。

イメージされるのは、極々普通のサラリーマン家庭。もちろん独り暮らしもたくさんいるが、ある程度の収入がある独身サラリーマン/OLが多い。街並みだけでなく、人種も相当違うのだ。「中央線」人種は、あまりここまでやってこない。せいぜいが青梅街道沿いの商店街までである。

この地域のもう一つの特徴としては、広大な寺社エリアだということも挙げられる。東高円寺駅を中心とした南北には多くの寺社があり、なかでも南側の梅里、堀ノ内には広大な寺社ブロックがある。杉並区民が死んだ場合、多くはここにある「堀ノ内斎場」と関係をもつ。これにあわせ葬式場も近辺に多数あり、「杉並区民最期の場所」と言える地域となっているのである。

方南町は本当に杉並か

丸の内線には、中野坂上から方南町へ向かう支線「方南町支線」もある。この支線の終点が方南町なのだが、ここは八幡山とならんで杉並区内でも位置づけの難しい場所だ。方南町は、オンボロアパートの多い場所なのに、長者番付ランキングも低い順序なのだが、高級住宅や高層マンションもあり、家賃相場や地価は杉並区内で中~上位にくる。つまり金持ち地域なんだがビンボー地域なんだかよく分からない土地なのだ。このエリアは丸の内線と井の頭線の中間地点にあり、はっきり言ってどちらも遠くブロック的には飛び地。「中央線」層も杉並的ハイソ層も少ない独立地域となっているのである。

参考:日本の特別地域特別編集 東京都杉並区

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