杉並区の公害事情

だいぶマシになった?光化学スモッグ

杉並区名物と言えば大気汚染。西東京の大動脈である環七、環八開通による自動車交通量の増加、大規模なごみ処理工場である杉並清掃工場の完成などで、杉並区の大気汚染は公害大国日本の中でも有名なものの一つだった。

とりわけ有名なのが「光化学スモッグ」。1970年代に環七近くの私立立正中学・高校の生徒が体育の授業中に体の不調を訴えたことでこの光化学スモッグが発見された。つまり、杉並区は光化学スモッグの「ふるさと」なのである。夏なると頻繁に聞こえる「ボー、ボー」という船の汽笛のような音と、抑揚の無い女性ナレーターの「光化学スモッグ注意報が発令されました」のアナウンスは、もはや杉並区の風物詩である。

しかも1996年代からは、「杉並病」なる新しい公害まで生まれてしまった。これは、井草にある都清掃局杉並中継所(不燃ごみ埋め立て所に持っていく前に圧縮処理をする施設)近辺で、住民が視神経異常などの健康被害を起こしたというもの。これについては未だ正式には原因が解明されていないのだが、一部には「もともと杉並区の大気汚染がひどかったため、ちょっとした引き金で起こってしまった病気なのではないか」という声もある。

このように大気汚染でやたらと有名なうえに、「杉並病」なるものまで生んでしまった杉並区だが、実は環境は相当回復している。

平成18年度、杉並区で発令された光化学スモッグ注意報は12回。東京都全体では17回と未だその大半を占めているのだが、光化学スモッグが発見されて間もない昭和48年(1973)には45回前後もあったわけで、ずいぶん緩和されている。

と思っていたら復活の傾向だって

確かに、子供のころは頻繁に聞いた光化学スモッグ注意報だが、年を追うごとに減っていたというのは実感としてある。

むしろ、特に夏場は常に注意報が出ている状態だったので、当時の杉並区の子供は誰も注意報など気にしなかった。環境省によると、日本の光化学スモッグ注意報は1973年をピーク(328回)に減少し、1981年には59回までになった。

だが、2005年を境に、光化学スモッグは復活。2006年には全国で177回の警報が発令されたとのこと。

杉並区でも少しずつ増加の傾向にあるとか。

参考:日本の特別地域特別編集 東京都杉並区

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