杉並区有名人列伝

みんな案外知らないもので

杉並区にゆかりの有名人は文化/ブンカ人だけではない。

まず最初は近衛文麿から。この絵は、御存じのとおり戦前3度総理大臣を務め、終戦工作にも活躍した人物だ。彼は現在の千代田区の生まれで、近衛家の本部は目白にあったのだが、多くの時間を荻窪の「荻外荘」で過ごしたことは有名だ。荻窪に移ってからは本邸へ戻らなかった。

当時の荻窪は「東鎌倉」とも呼ばれ、本当に静かな土地だった。「荻外荘」もいわゆる別荘といった建物である。

実は戦前の政治的重大決定の多くが、この「荻外荘」で行われたのである。対米開戦の協議も、ここで行われている。このため、「荻外荘」の名が新聞紙上に踊ることも多く、「荻窪」と言う地名、現在の杉並区を有名にしたのは、近衛文麿だと言っても過言ではない。

また、荻窪には高級軍人の住居も多くあった。現在の区立中央図書館辺りがその中心で、通称「中将通り」という名前も残っている。このため、当時は全くの郊外であったにもかかわらず、歴史的事件の舞台となったのが「2・26事件」である。

当時、上荻窪には渡辺錠太郎という陸軍大将が住んでいた。渡辺は自由主義的な思想の持ち主だったため、皇道派の青年将校らに襲われ、犠牲となったのである。

このように、実は何度も「その時歴史が動いた」的な舞台になっていたのが杉並区で、戦後も、数多くの政治家が住んでいた。現在では石原新太郎都知事の息子で自民党の政調会長にまで出世した石原伸晃などが事務所を構えている。ちなみに、未確認情報だが、石原家の人間は、阿佐ヶ谷で目撃されることが多いそうだ。

元世界チャンピオンのボクシングジムがある

政治家以外目立つのはボクサー。永福には日本人初の世界チャンピオンとなった白井義男と世界王座13連続防衛記録を持つ具志堅用高が共同設立した「白井・具志堅スポーツジム」が、西荻窪には元スーパーウェルター級世界チャンピオン輪島功一の「輪島功一スポーツジム」と、元世界チャンピオンの事務が二つもある。しかし、両ジムともにまだ世界チャンピオンを輩出するにはいたっていない。これは杉並区という土地柄が影響しているのかもしれない。

なんといっても、杉並区民は比較的高学歴で文科系が多いという、いわば頭脳派が多い地域だ。しかも、自堕落な生活を身上とする「中央線」なブンカ人が徘徊する土地である。こんなところでロードワークをしていても、あまり強くなれないんじゃないか?などと思ってしまう。ストイックなスポーツをやるのに適した環境ではないのだ。やっぱボクサーは河っぺりを走ってないとね。

なぜか変わった集団が集まってくる杉並区

このように、文系が多く運動に弱い杉並区だが、もうひとつ目立つ要素がある。新興宗教、過激派、そして外国人の集団などに、長期であったり、一時的であったりいろいろだが、本拠地とされることが多いのだ。

もっとも目立つのは新興宗教系の団体だ。これまで説明してきた杉並区民の傾向をみるとあまり信者を増やせそうな気はしないが、目立つ集団がいくつも杉並区に腰を据えた。最も有名なのはオウム真理教だ。オウム真理教は本拠地を最初渋谷、後に静岡県富士宮市においたが、杉並区にも長く道場を置き、1990年には衆議院選挙の選挙活動も行った。

現存のものに関しては、別に悪いことをしているわけではないのでここでは触れないが、大規模な宣伝活動を行うような団体や、すでに「新興」の看板を外せるくらいにまで成長した団体の本拠地がある。

また、警察から過激派と呼ばれる中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)の「合法活動」は主に杉並区で行われている。長谷川英憲をはじめ、数名の区議、都議を送り出した。

この混沌具合が「杉並区らしさ」なのか

このように、「閑静な郊外」から「基本は高級住宅だがいろいろ混ざっている」とその姿を変えてきた杉並区。基本的には教育に熱心でハイソな地域でありつつも、同時に怪しげな空気も内包し続けてきた。この混ざりっぷりこそが、真の「杉並らしさ」なのである。

参考:日本の特別地域特別編集 東京都杉並区

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