荻窪という街の性格をちょろっと

関東バスによって荻窪とつながる荻窪団地は、昭和30年代に建った当時最先端の団地だった。なんといっても、当時は台風が来たらどこかしら家が壊れるというのが常識であったのに、荻窪団地はそんな心配が無かったわけだ。

その分、家賃は高かった。昭和35年の国家公務員の初任給は1万1千800円。そんな時代に、なんと荻窪団地は家賃が5千円もしたのだ。現在に換算すると、だいたい9万円弱になる。下手をすれば、総収入の半分近くを家賃で取られてしまう計算だ。

このように、決して安くなかった家賃だが、最先端の荻窪団地は大人気。つまり、団地によって、中流層~高所得層がい一気に杉並区へ流入したのである。荻窪団地以外の団地と言えば、分譲型の阿佐ヶ谷住宅などもある。阿佐ヶ谷住宅は有名建築家が設計をした建物などもあり、これまた当時としては最先端の高級住宅だ。当然、入居者は中流層~高所得層だった。

荻窪は、個性豊かな中央線4駅の中では、最も没個性的である。それはやはり、戦前の別荘/外邸時代から高級団地時代という経緯が作りだしたものなのではないだろうか。

つまり、この街の主役は、常に地元民でもビンボー人でもなく、「他所からやってきた高給サラリーマン」だったのである。彼らは地元密着というよりも、勤務先と住宅を店と線で結ぶ人種であり、それゆえ荻窪としての個性が、少なくとも他の3駅に比べて確立しなかったのであろう。彼らにとって荻窪駅は、交通の中継地であり食料品や日用品を買う場所。街にたむろするという必然性が薄かったのだ。逆を言えば、それこそが個性と言える。それが現れているのが飲食店の構成。他の駅は、個性豊かな個人経営の飲食店が幅を利かせているのに対し、荻窪は有名チェーン店系が多いのである。

団地の建て替えと高層マンション

この雰囲気は、これからもあまりかわりそうにない。荻窪団地は、さすがに築50年を過ぎてもうボロボロ。遂に建て替え計画が発表された。また、近年駅すぐ近くに高層公団住宅が建つなど、相変わらずこの街は中流層向けの方向から変わっていない。

参考:日本の特別地域特別編集 東京都杉並区

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